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私のウチナーグチ考
1960年生まれ、一緒に住んでいた祖母や両親との会話は100%標準語、祖母、
両親間の会話は100%ウチナーグチで、それを聞いて育った私なりのウチナーグチに対する思い出や思
い入れを紹介します。
第38回 魚こーみそーらに
私が子どもだった頃、ときどき魚の入った金盥(かなだらい)を頭に載せたおばあさんが「
魚を買ってくださいませんか」と
言いながら、魚を売り歩いていました。私の記憶が正しければ、我が家にときどき来ていたオバアは
糸満からバスに乗って来る、という話でした。糸満から私が住んでいた首里まではバスを乗り換えなくて
はならず、しかも市外線(那覇市から那覇市外へ向かうバス)は本数が少なく、時刻表などあっても
無いような状況で、ただ乗るだけでも大変なのに金盥を頭に載せて乗るなんてどれだけ難儀なことか。
私たち家族は全員、オバアの勇気と元気を賞賛したものです。
魚好きでオバアにはめっぽう弱い父が家にいる時は、「可哀想だから全部買ってあげなさい。」などと母に
命じてたらい一杯の魚を買わせていました。そんな日の夕ご飯は魚のアラのおつゆにお刺身、煮魚
と魚づくしで、それから2、3日は毎日魚料理が続くので魚嫌いの私には苦痛でした。そんな私も、
オバアの糸満の独特なイントネーションのおしゃべりを聞いたり、魚を秤に乗せ、ウロコを取るのを
見たりするのは大好きでした。
パンこーみそーらにと言っていたかどうかは覚えていませんが、同じような金盥に菓子パン
を入れて売り歩いているオバアもいました。私の家の近所に金城ベーカリーというパン屋さんと工
場があり、家に来るオバアはそこからアンパンや渦巻きパン、メロンパン、クリームパンなどを仕
入れて売り歩いているようでした。値段はお店で買うときと同じ1個5セントなのですが、何となく
たらいに入っているパンの方が新鮮そうだし、働くオバアへ敬意を表す意味もあって、母は毎回10
個ほどまとめ買いしていました。
父やおじさん達が片手で子どもの両手、もう一方の手で両足を持ち上げてぶらぶらさせながら、「
豚を買ってくださいませんか」
と言っていたのも楽しい思い出です。実際にそう言いながら豚を売り歩く人は、見たことがありませんが。
赤ちゃんを「高い、たかーい」と言いながら持ち上げる感じで、沖縄のおじさんは
豚を買ってくださいませんか
と言いながら幼児を持ち上げるのです。
この頃は沖縄にいても魚こーみそーら
に、などと言いながら魚を売り歩くオバアを見かけなくなりましたが、日に焼けたオバアの笑顔と、
ぴちぴちと今にも飛び跳ねそうなイマイユ(今魚、新鮮な魚)の輝きは、今でも忘れられません。
2/23/11
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