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文・写真
稲福 達也
私が愛煙家になったのは1969年、大学1年の5月頃だ。夏休みに帰省した時に、親に喫煙しているこ とをどう告げようかと思い、一計を案じた。当時は本土復帰前で沖縄には無かった“ハイライト”(1 箱80円だった)とマッチを父の灰皿の側に置き、銭湯に行くことにした。県産品の“バイオレット”を 吸っていた父がそれを見れば何も言わずともわかるだろうという作戦である。案の定、それは父から母 に伝わり、銭湯から帰ると母に呼ばれ、「たばこを吸っているなら私の前で吸ってみせろ」と言われた。 叱られるかなと思いながらそうすると、「クヌワラバーヨー、ジュンニ吸ウイサ(この息子よ、ほんと に吸うんだね)」 と言って母が大笑いした。その笑いには、お前ももう一人前の大人なんだな、とい う意味が込められている気がした。 それから37年。私にとって「たばこは憂き世の忘れ草」だった。しかし、結婚した時に妻に買って貰 って愛用してきたたばこ盆ももう片づけた。先日、友人のIが訪ねてきて、禁煙を始めたと言いながら 胸に貼った“禁煙シール”を見せたが、彼は私が禁煙していることを知って驚いた。でも、私の禁煙に 誰よりも驚いているのはほんとは私自身である。 (禁煙は継続できるか、次回へ続く) ![]() ![]() ![]() このページに関するご意見、ご感想はこちらまで |