[ちゃんぷるー・どっとこむ
応援団
寄稿]
沖縄
でーびる・その21
文・写真
稲福 達也
し
情
ぬ雨(2)
区民総出の歓迎会が村の拝所の草原の上で行われた。島には電気がなかったので漁火用のカンテラを焚
き、前年の台風で食糧危機に直面していた島の人たちはその夜は全てを忘れて祝いあった。大人は子供た
ちに「博道おじさんは小学校しか出ていない独学の人だ。こんな孤島から日本一の甲板長になったのは努
力したからだ。みなも勉強して嘉保甲板長に続け」と呼びかけた。嘉保さんは、「沖縄生まれの自分が南
極の寒さに耐えたのだからみなさんも頑張りさえすれば何でもできる」と子供たちを激励し、宗谷の乗組員
が南極でやる体操を披露、そして望郷の思いを込めて民謡の浜千鳥節を歌い、やんやの拍手を浴びた。
旅や浜宿い 草ぬ葉どぅ枕
寝てぃん忘ららん 我親ぬ御側
〈千鳥や浜うてぃ ちゅいちゅいな〉
(旅は浜に宿り、草の葉を枕にしている。
寝ても忘れられないのは親のそばで暮らした日々のことだ)
〈千鳥は浜でちゅいちゅいと鳴いている〉
大歓迎を受けた宗谷が沖縄を離れた日の夜、嘉保甲板長から新聞社に電報が届いた。そ
の電報には自作の琉歌が記されていた。話を最初に戻すと、私が感激した琉歌は、夕刊の小さな囲み記事
で紹介されていたその琉歌だ。
天からがやゆら 神からがやゆら
し
情
ぬ雨に 濡りてうれしや
(天が降らせたのか 神が降らせたのか
人情の雨に 濡れてうれしい)
ああ、カッコイイ!故郷の人々の“し
情
”に感激した思いがわずか一首の琉歌からびんびん伝わってくる。 |
お台場で見学できる宗谷 氷の中で発見しやすいように 船体はオレン
ジ色 |
このページに関するご意見、ご感想はこちらまで
|