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今月のレビュー

このページでは、沖縄関連の本、音楽、コンサート、映画などを論評(レビュー)していきます。

今月は、「芸術は爆発だ!」でおなじみの岡本太郎著沖縄文化論―忘れられた日本 (中公文庫) です。 

これまで花村萬月の「沖縄を撃つ! 」、佐野眞一の「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」 など、沖縄関連のノンフィクションを読んできましたが、この沖縄文化論―忘れられた日本 (中公文庫) が一番、読んでいて心地よく、共感できました。

岡本太郎と言えば、大阪万博の「太陽の塔」を作った芸術家で、テレビによく出ていて、芸術家っぽくとんちんかんな ことを言うおじさん、芸人に面白おかしく真似される芸術家、という印象を持っていました。毎日通る渋谷駅には 「明日の神話」という巨大な壁画があり、雑誌などでも作品をよく観ますが、はっきり言って私の趣味ではない抽 象画で、それならピカソの方がまだなじみがある、くらいのもので、作品にはあまり興味が持てませんでした。 岡本一平、かの子の息子なので、親の七光りで出てきた人、という偏見もあったかもしれません。

でも、読み始めてすぐに、その文章の的確さ、視点の鋭さに驚き、本の帯に書かれていた「画家の眼と詩人の直感で見事に 捉えた、毎日出版文化賞受賞の名著」という文句に納得しました。読んで初めて分かったことですが、岡本太郎は ヘンな芸術家ではなく、実はパリ大学で哲学・社会学・民俗学を学んだインテリだったんですね。文章にいい意味で インテリの見識と品格がにじみ出ていました。

本書は1957年に半月ほど沖縄を旅行した経験をもとに書かれているのですが、それから半世紀以上たった今 読んでも全然古臭くなく、沖縄論として私にとって非常に新鮮でした。そして、今では全国的にも有名になっている 沖縄の舞踊、やきもの、歌や三線、などの見方が口幅ったい言い方ですが、私自身が普段感じていることとほとんど 一緒で、何度も「そうそう」とつぶやきながら読んでいました。

この本の中で私が一番驚き、感心したのは「八重山の悲歌」の章。八重山へは5年ほど前に一度だけ行ったことがあ るのですが、那覇のように高い建物がないせいか、見渡す限りの青い海と空で、本島とは明らかに違う時間が流れ ているなあ、とは感じたのですが、本書で描かれているような「貧しさ」は一切感じませんでした。離島では「島 ちゃび」と呼ばれる離島ならではの厳しい生活があった、ということは頭では分かっていたのですが、首里王府から 派遣されている役人による搾取の具体的な記述を読むと、ひどいなあ、というのが実感。もしかして、こういう文章は 搾取する側だった本島出身のウチナーンチュには書けないし、声高に主張するタイプではないと思われる離島出身 のウチナーンチュにも書けないし、クールな視点を持ったヤマトゥンチュならではの文章なのかもしれない、と 思いました。そして、この章では八重山のさまざま歌が原語と日本語で数多く紹介されています。八重山民謡は優しいメロディ でいいなあ、とほとんど意味も分からずに思っていたのですが、日本語訳を読むと、こんなに悲しくて辛い現実が 投影されていたのか、と驚かされます。きっと本章を書くにあたって岡本太郎に熱心に講義した民謡研究家がいる と思うのですが、よくこれだけ深く掘り下げてくれました、という感じで、私にとっては貴重な内容でした。

「神と木と石」の章では久高島の様子が描かれていますが、これも新鮮で、共感できる内容でした。取材したときの 岡本太郎の傲慢な態度がメディアで批判されたこともあったようですが、本書を読んでいる限り彼の傲慢さや悪意は 感じられず、久高島の神聖な場所と、エジプトの神殿、アクロポリス、出雲大社とを比較した文章の鋭さに、ただ ただ感心し、共感しました。岡本太郎と、彼が観察・鑑賞の対象としているもの、人との距離感が遠すぎず近すぎず、 なおかつ対象に対する尊敬や愛情も感じられて、私には心地いい内容でした。

そして私が本書の中で胸を衝かれたのが、最後の方の補遺「本土復帰にあたって」の中の「私は沖縄の人に言いたい。 復帰が実現した今こそ、沖縄はあくまでも沖縄であるべきだ。沖縄の独自性を貫く覚悟をすべきだ。決して、いわゆ る『本土並み』などになってはならない、ということを。」という文章。残念ながらウチナーンチュはあらゆる面で 「本土並み」を目指して突き進んでしまい、独自性を失い、「沖縄のもの」ともてはやされているものの多くも、 本来の、岡本太郎の言う「清潔な美しさ」からは離れてしまっているように思われます。復帰当時、岡本太郎が こんな文章を書いていたことなど、全く知らなかったのですが、書いたという事実、そしてそれとは逆の方向に 来てしまった事実に愕然としました。

新聞に 連載されていた瀬戸内寂聴の人物評のエッセイで、岡本太郎は作家デビューしたばかりの頃の瀬戸内寂聴をえらく 気に入って、自分のゴーストライターにならないか、と破格の待遇を提示したけど、作家として野心のあった寂聴は 断った、というエピソードがありました。なのできっと、この本の文章もゴーストか養女で秘書だった岡本敏子あたりが 口述筆記したのでは、と思うのですが、そういうことがあったかも、と思っていてもやはり、本書は一読の価値があると 思います。

08/24/13

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