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このところアメリカのノーベル賞受賞作家フォークナーの作品にはまっていて、フォークナー
の後では何を読んでも面白くないのではないか、と危惧していました。しかし、折から普天間基地
問題で政権が揺れ、沖縄で十年暮らした著者が基地をどのように捉えているかにも興味があり、私
としては珍しく発刊後間もなく読み始め、読み始めてすぐに、フォークナー以外の小説は楽しめない
のではないか、というのが全くの杞憂であることが分かりました。 とにかく、面白い!面白過ぎてどんどん読み進むのだけれど、そうするとすぐに読了してしまう ことが勿体なくて、時には読むことを我慢する、ということをしてしまいました。 まず、設定が面白い。主要な登場人物三人が物語を次々と語っていくのですが、最初に登場するの が幼少年期をサイパンで過ごした嘉手刈朝栄というおじさん。この人の語りがものすごくうまい。 うまい、というのは話が上手ということではなく、沖縄のおじさんの語り口そのもので、読んでい ると本当におじさんの話を聞いているような気がするのです。この人のサイパンでの話を読んでい る時は、亡き父の戦争体験を聞いているような感じがして、カデナ の物語世界にぐっと引き込まれました。 |
この嘉手刈朝栄さんは戦後生活も落ち着いてから、盗み出した米軍のベトナム爆撃情報を打電する、 という何とも危険なスパイ行為に手を染めていくことになるのですが、なぜそれを始めるのか、と いうのが私にとっては一番の読みどころで、朝栄さんの思いを読んでいて涙してしまいました。 もう一人の語り手アメリカとフィリピンの混血児にして米軍属、フリーダ・ジェインもスパイ行為 に加担していくのですが、彼女がなぜ、というところも納得の面白さ。朝栄さんとフリーダの心情 が押し付けがましくなくさらりと、でもきちんと描かれていて、それがこの小説の核となっている と思います。
この二人に、若いロックミュージシャンのタカが関わっていくところも面白いし、語り手ではない けれども重要な登場人物であるベトナム人の安南さん、フリーダの恋人でB52の操縦士である パトリックの人物造形も見事で、読み応えがあります。物語の背景に、沖縄の伝統行事や実際に 沖縄で起こった事件や事故が的確に描写されるのも、好感が持てました。登場する沖縄人が皆リア ルで、朝栄さんの奥さんなども「いるいる、こんなやり手のおばさん」という感じで、しゃべり方 や皆を仕切っていくところが、本当に親戚のおばさんを見ているような気がしました。
1960年代後半から70年代前半の沖縄を舞台にしているのですが、子供ながらに当時をよく 覚えている私にとって、本書に登場する地名や事件、イベントが全て懐かしくも生々しく、よく これだけ小説という形で描き切ったなあ、というのが偽らざる実感です。沖縄に住んでいた十年 間、池澤夏樹は美味しいものを食べてのんびり暮らしていただけではなかったのですね。
いろいろな意味でよく出来た小説で、面白くて、最終章に近付くといったいこれをどう終わらせる のか、と思いましたが、最後までうまい!読後感もさわやかでした。でも、「戦争は愚かしい」 というメッセージはしっかりと伝わりました。多くの人に読んでもらいたい本です。
3/03/10
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