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著者:豊島貞夫 発行所:琉球新報社 |
去年の夏に、那覇新都心に移転してから一度も訪れていなかった沖縄県立博物館へ行ったとき、
ミュージアムショップで何気に手にしてパラパラッとめくったら止められなくなって、すぐに買う
事に決めた本です。 何と言っても私が生まれた1960年から15年間の沖縄の風景を切り取った写真とエッセイです から、興味を持たない訳にはいきません。じっくり読んでみると文章も味わい深く、うんうん、と 頷くことしきりでした。著者自身が自戒の念を込めて書いている通り、過去を賛美し過ぎる感は否 めませんが、失われつつある美風、物質的には貧しいかもしれないけれど心豊かな生活を取り戻し たい、と強く思わせられました。 |
写真の多くは私の記憶の中にあって懐かしい、と言うより、「へえ、そうだったのか」と思わせ る、新たな発見に満ちたものでした。その中で、写真としては特にどうと言うことはないのです が、1964年の「聖火到着」というエッセイが目を引きました。
と言うのも、幼い頃、那覇市の儀保大通りに面した我が家の屋根に上って、通りを走る聖火ラン ナーを日の丸の小旗を振って応援した記憶があるのです。沿道は私と同じような日の丸の小旗 を持った人で埋め尽くされ、皆大歓声で一生懸命小旗を振っていました。私が日の丸の小旗を 振ったのは恐らく後にも先にもこの時だけで、それだけに強烈な記憶として残っているのですが、 思い出すたびに、あれは果たして東京オリンピックの聖火ランナーだったのだろうか、と疑問に 思っていたのです。
「聖火到着」のエッセイでは「ギリシャで採火された東京オリンピックの聖火は、シティ・オブ・ トウキョウ号に運ばれて、九月七日正午、那覇空港に到着した。・・中略・・沖縄からスタートし たリレーは、那覇−東村を巡る二百五十キロ、百五十一区画で四日間にわたって行われた。沿道に は、大勢の人々が並んで走者に声援を送り、祖国復帰への夢を託した。」とあります。
この文章を読んで、私が日の丸の小旗を振って応援したのは、やはり東京オリンピックの 聖火ランナーだったのだ、と確信を持つことが出来ました。恐らく意味も分からずに、親に促され るまま屋根に上って周りの人たちと同じことをしたに過ぎないのですが、復帰前のあの熱狂の時代 に、四歳の自分も確かに存在していたのだな、と思うと感慨深いものがあります。
沖縄が観光ブームで沸き返る前の、1960年から75年までの白黒写真は庶民の貧しいけれど、 それゆえにひたむきな、慎ましい生活を映し出していて、いわゆる観光写真、絵になる写真では ありません。けれど飾らない、生活感あふれるそれらの写真と、そういう風景を暖かいまなざしで つづるエッセイを読むと、本当に心癒されます。当時の風景を覚えている人も、全然覚えていない 人も、全ての沖縄好きな人に贈りたい本です。
8/19/09
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